【活動報告】第45回渡良瀬川鉱害シンポジウム 谷中村強制破壊110年―残留民の闘いと支援運動

2017年8月20日(日)13:00~17:00
場所=栃木市藤岡遊水池会館
主催=第45回渡良瀬川鉱害シンポジウム実行委員会・渡良瀬川研究会

毎年8月に渡良瀬川流域各地で開催されてきた渡良瀬川鉱害シンポジウムは、45回目を数える今年、約100人の参加者を得て栃木市藤岡遊水池会館で開催されました。

今年のテーマは「谷中村強制破壊110年―残留民の闘いと支援運動」で、講演は次の3氏です。

「谷中村事件と周辺自治体」高際澄雄(谷中村の遺跡を守る会会長)

「谷中村民救済協議会の結成と田中正造」福井淳(大正大学文学部教授)

「原発事故被害者と避難住宅問題」鴨下祐也(福島原発被害東京訴訟原告団長)

そして、渡良瀬川研究会代表・菅井益郎氏をコーディネーターに、3人の講師をパネラーとして、パネルディスカッションがおこなわれ、移住や避難、住民と行政などの問題が語られました。

第45回渡良瀬川鉱害シンポジウムは約100人が参加して遊水池会館で開かれた

谷中村の遺跡を守る会会長の高際澄雄さん

「谷中村民救済協議会」について語る大正大学教授・福井淳さん

福島東電原発事故について熱弁する鴨下祐也さん

渡良瀬川研究会代表の菅井益郎さん

講演された3氏をパネラーに熱い討論がおこなわれた

熱心に耳をかたむける参加者

【報告】「田中正造翁終焉の地」記念碑除幕式

「田中正造翁終焉の地」記念碑除幕式

2017年8月6日(日)10:30~11:30
場所=佐野市船津川町・庭田隆次氏梨販売所
佐野市城北地区公民館
主催=「田中正造翁終焉の地」記念碑建立実行委員会

新聞記事:下野新聞 毎日新聞 上毛新聞

「田中正造翁終焉の地」記念碑の除幕式が庭田家の梨販売所で催された

「田中正造翁終焉の地」記念碑の除幕式が庭田家の梨販売所で催された

8月の暑い日差しの下でも約100人が参加した

8月の暑い日差しの下でも約100人が参加した

 

除幕式にあたり挨拶する菅井益郎実行委員長

除幕式にあたり挨拶する菅井益郎実行委員長

足尾銅山鉱毒事件の闘いの日々を送っていた田中正造は、1913年8月2日、庭田清四郎宅で倒れ、約1か月間、庭田家で闘病生活を送っていましたが、9月4日に逝去しました。

その後、庭田家では正造が闘病生活を送った部屋を当時のまま保存し、時間の許す限り訪れる見学者たちに便宜を図ってくれていますが、2013年には佐野市の文化財史跡に指定されました。

そもそも記念碑建立の発端になったのは、約30年前に渡良瀬川研究会や田中正造大学など研究4団体が作ったトタン板製の立て看板が老朽化したため、関係者の間で新しく作り替えてはどうかと話題になっていたことによります。

記念碑の建立を祝う岡部正英佐野市長

記念碑の建立を祝う岡部正英佐野市長

 

そこで今年2月、関係者が記念碑建立実行委員会を設立し、建立基金を募ったところ、目標額の50万円を大幅に上回る協力がありました。

8月6日、関係者約100人が集い、石碑の除幕式が催されました。菅井益郎実行委員長は、「正造は約100年前に亡くなったが、彼が投げかけた問題は現代でも生きている。石碑を目にするたびに、正造を思い出し、学び、考え、行動してほしい」と参加者に熱く訴えました。

午後からは、会場を佐野市吾妻地区公民館に移し、赤上剛氏により「田中正造が終焉の地で訴えたこと」と題する講演会が開かれました。

いよいよ、除幕セレモニー。関係者代表が紅白の綱を引いた

いよいよ、除幕セレモニー。関係者代表が紅白の綱を引いた

お祝いに駆けつけてくれた安在邦夫早稲田大学名誉教授

お祝いに駆けつけてくれた安在邦夫早稲田大学名誉教授

挨拶する庭田隆次さん。左側にあるのが今までのトタン板製看板

挨拶する庭田隆次さん。左側にあるのが今までのトタン板製看板

記念碑は、台座を含め高さ2.2メートル、幅3メートルの石碑

記念碑は、台座を含め高さ2.2メートル、幅3メートルの石碑

式のあと、吾妻地区公民館で赤上剛渡良瀬川研究会顧問の講演会が開かれた

式のあと、吾妻地区公民館で赤上剛渡良瀬川研究会顧問の講演会が開かれた

【活動報告】2017年夏期講座 横根太陽光発電所の建設を許すな

横根太陽光発電所の建設を許すな

講師 渡辺知義
2017年7月16日(日)13:30~16:30
佐野市城北地区公民館
主催=田中正造大学

熱演する渡邉知義さんは横根高原の自然を守る会事務局長

熱演する渡邉知義さんは横根高原の自然を守る会事務局長

栃木県鹿沼市から日光市足尾町へと抜ける県道15号(鹿沼足尾線)の最高点が粕尾峠である。ここを東に折れると横根山や井戸湿原、あるいは古峰原高原へといたる稜線上の道が続く。ここが美しい水と緑の自然で名高い横根高原である。この横根高原に大規模な太陽光発電所の建設計画が持ち上がった。本来なら「自然に優しい」発電なのだが、この計画は豊かな森林を皆伐して太陽光発電所を建設するという、本末転倒もはなはだしい自然破壊なのである。

今回の講座は、鹿沼市でいち早く反対運動を立ち上げ、署名活動などを軸にして活動を展開している横根高原の自然を守る会の渡邉知義事務局長を迎え、大規模太陽光発電所建設の無謀さと横根高原の自然を守ることの意義を語っていただいた。

また、鹿沼につづいて日光にもできた反対組織である、横根高原の自然を守る日光市民の会事務局の富

横根高原の自然を守る日光市民の会の富岡洋一郎さんも駆けつけてきた

横根高原の自然を守る日光市民の会の富岡洋一郎さんも駆けつけてきた

岡洋一郎さんも駆けつけられ、横根高原の自然を守ろうとのアピールをされた。

日光側ではすでに1万数千人の反対署名を集めたが、2万人を目指して活動をつづけるという。多くのみなさんの協力をお願いします。

ミズナラ林のつづく横根太陽光発電所建設予定地

ミズナラ林のつづく横根太陽光発電所建設予定地

渡邉知義さんを講師に迎えての講座

渡邉知義さんを講師に迎えての講座

粕尾峠から東へ向かい横根高原へとつづく道

粕尾峠から東へ向かい横根高原へとつづく道

像の鼻から見る横根高原方面。遠くに男体山を望む

像の鼻から見る横根高原方面。遠くに男体山を望む

正造大学恒例の教授認定式

正造大学恒例の教授認定式

【活動報告】第18回 足尾グリーンフォーラム

フィールドワーク 第1部 青葉の植樹地と小滝・本山地区を訪ねて

2017年7月2日(日)9:30~16:30

集合=足尾行政センター駐車場

主催=足尾に緑を育てる会 協力=田中正造大学

小滝坑口の近くにある浴場跡。仕事を終え、ひと風呂浴びて帰路についたという

ここ数年の足尾グリーンフォーラムは、春と秋にフィールドワークを実施していますが、今回は初夏の足尾を舞台に、とくに小滝地区を中心にした探訪の旅を企画しました。

小滝地区は、1897年(明治30)に鉱毒予防工事命令が出されたとき、本山製錬所に製錬を集中するために廃止されたことにより、自然が再びもどり、「緑の小滝」と呼ばれます。足尾銅山の歴史の中で最も遅く開発が始まり、最も早く鉱山集落の歴史を閉じた地区です。

庚申川をさかのぼる渓谷沿いの風景からは、かつて最盛期には1万人以上の人が住み、採鉱から製錬までの生産施設があったことがとても信じられません。しかし、随所にのこる苔むした石垣からは、歴史の重みを感じることができるのです。

小滝から舟石林道を通り本山地区へ、そして最後は松木の植樹地へとたどり、充実した初夏の足尾の旅は幕を閉じました。

小滝小学校跡。1918年(大正7)当時、児童数が952人という記録が残っている

「ここに小滝の里ありき」の石碑が建つ

 

 

小滝坑口跡

清冽な流れの庚申川

銀山平に建つ中国人殉難烈士慰霊塔

一日の終わりは松木口植樹地。初夏の涼風が心地よい

 

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