1885年に旧坑を取明けて採鉱の準備を始め、翌年には相次いで直利を発見、以降、小滝は隆盛を誇り、昭和前期まで通洞の河鹿と並び双璧といわれた。1954年に小滝坑は閉鎖され、人々は去っていった。なお、庚申川対岸の岩盤むきだしの所は、通称「燕岩」と呼ばれ、かつては火薬貯蔵庫として使用された。
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