田中正造大学

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【お知らせ】「田中正造大学 2019年秋期定期講座」

田中正造大学……2019年秋期定期講座

公式確認から63年目の水俣病 講師 久保田好生(「季刊・水俣支援」編集部)【講師紹介】 久保田 好生 (くぼた よしお)

1951年、東京都杉並区生まれ。大学に入学しべ平連活動を始めた1970年、訴訟派患者や石牟礼道子さんらが乗り込むチッソ株主総会に参加。1972年以降は東京本社前座り込みの自主交渉支援に没頭。以後1978年まで川本輝夫さん刑事弾圧訴訟や第一次棄却取消行政訴訟の弁護団事務局。就職後は川本輝夫『水俣病誌』(2006年)、宇井純『ある公害・環境学者の足取り』(2008年)、緒方正実『水俣・女島の海に生きる』(2016年)等を編集。定年退職後、一人芝居「天の魚」上演のスタッフとして全国行脚も始めた。東京大学教養学科卒、もと都立高校国語科教諭(全日制2校・定時制3校)。

【講座案内】

 被害実態の背景と運動の現在
水俣病は、1970年代の闘いを経て認定・補償を受けた初期の患者をはじめ、1995年の村山内閣・2009年の鳩山内閣で行われた「政治決着」「司法和解」時代の人々も含め、約5万人が被害者としての給付を受けている。にもかかわらず、新潟も含め未認定患者の訴訟が今も9件続き、公害健康被害補償法による患者認定にも熊本・鹿児島・新潟計2000人が申請している。
なぜ今も新たな認定申請や訴訟が続くのか? 一つには、長年の、そして多面的な患者・被害者の闘いが継続しているからである。そうでなければ1995年か2009年で収拾されていた。他方、メチル水銀の特性や汚染規模、不知火海の地形構造などから見えてくることもある。それは「水銀規制水俣条約」の位置づけにも関連する。
事件発生から六十余年を過ぎても被害や闘いが「終わっていない」のは何故か?ということを、様々な角度から考えてみたい。

城北地区公民館

両毛線佐野駅より北に約2㎞、駅前(南口)にタクシーあり。
東北自動車道佐野インターより車で約15分。
佐野市堀米町1173
tel 0283-24-5772

問い合せ先 田中正造大学

〒327-0001 栃木県佐野市小中町932-3
坂原辰男
TEL 0283-23-2896  FAX 0283-55-6877

 

 

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